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2011年10月 2日 (日)

絶対零度〜特殊犯罪潜入捜査〜

最終回が終わってだいぶ経つが、久々に見ごたえがあるドラマだった。続編が見たい。

2011年9月 8日 (木)

石原軍団炊き出しカレー

商品化され、通信販売されるらしい。今から楽しみ。

2011年8月28日 (日)

金麦

壇れいはきれいだ。

CMを集めて、メーキングが付いたDVDが出れば絶対買う。

2011年7月22日 (金)

原田芳雄死す

西部警察の最終回で演じたテロリストは美しかった。かっこいい70、80代になって欲しかったのに、残念。

2011年7月 3日 (日)

マイク・ブラウン

1990年ガリクソンが退団したので呂明賜が1軍に入れるかと思いきや、ジャイアンツは外国人打者を獲得した。それがマイクブラウン外野手だ。
当時の外野手陣はレフト原 センタークロマティー そして ケガから奇跡の復活した吉村 ライオンズから移籍した西岡 前年に一軍に定着した緒方 井上 ルーキー大森 などがいたので、当時中学生の僕には獲得の必要性がわからなかった。どうやら「右の大砲」として期待していたらしい。ジャイアンツは2年ほど前から狙っていたという噂もあった。
いざペナントレースが始まると、そこそこの成績は残したにも関わらず、期待したほどではなく、いい場面でも打ってもにまったく目立たなかった。結局1年で退団。
やはり、外国人にはホームラン量産を期待するのが日本の風潮である。
一軍通算成績70試合 打率.260 本塁打7打点29

2011年6月 1日 (水)

呂明賜(ロ・メイシ)

台湾では捕手だったようだが日本では外野手、アマチュア オール台湾の4番打者だったらしい。
ジャイアンツ入団は、ドーム元年の1988年、当時、外国人は1チーム3人まで1軍登録は2人までだった。クロマティー、ガリクソンがいたので2軍スタート、しかし、ケガで戦線離脱したクロマティーに替わって一軍昇格、6月14日、神宮球場での対スワローズ戦、新外国人ギブソンから初打席初ホームラン、ちなみにこの試合は4-0で勝ち先発の香田勲男はプロ初完封。その後17試合で10本とホームランを量産、それもサヨナラあり、1試合2本ありとドラマチックで、新しいスターの誕生を予感させた。
後にスポーツキャスターとなった長嶋一茂氏が「呂選手の打球は速かったのでサードを守っていて怖かった」と語っていた。彼の活躍は母国でも話題となり、日テレの番組であちらのリトルリーグの捕手をしている選手にサインボールを送るという企画があったほどだった。
しかしその後、フェンスに激突してケガをして打撃フォームを崩したこと、そして内角攻めを克服できず調子を落とし、結局、1年目はホームラン16本
2年目は背番号12に変更、シーズン当初のチャンスを生かせず長い間2軍暮らし、唯一の活躍はこの年の近鉄バファローズとの日本シリーズの第1戦にスタメン起用され、タイムリーを打ったことぐらいである。
その後は活躍できず91年に退団、台湾プロ野球で活躍した。

2011年5月31日 (火)

ジェシー バーフィールド(外野手)

今年のジャイアンツは、ラミレス以外不調だ。
ふと彼のことを思い出した。
93年、ミスターの復帰1年目、ヤンキースで四番を打っていたというふれこみで、鳴り物入りで入団したのがジェシー バーフィールドだ。
。ジャイアンツでは左殺しで活躍していた西岡良洋から、わざわざ横取りして背番号29を付ける。
オープン戦からバッティングだけでなく守備の方も話題になる。
実際に開幕後、5月のカープ戦ではセンターから矢のようなバックホームを見せランナー
を刺し「さすがメジャー」と思わせる。
しかし打撃は26本塁打放ったものの打点は、53と少なくしかも打率,215では当然物足りなく1年で帰国。やはり来日前から懸念されていた手首の古傷が響いたのか。
それにしても今は、このような鳴り物入りで入団が少ないのが、少し寂しい。

2011年4月17日 (日)

BOSS

ボスと言えばやっぱり「太陽にほえろ!」のボスだが、こちらも面白い。

釈由美子の白衣姿も美しい。

2011年3月 6日 (日)

KFCと綾瀬はるか

美味しそうにフライドチキンを食べる綾瀬はるかは美しい。

{so good」の発音も素晴らしい。

2011年2月 9日 (水)

工藤珈琲事務所

札幌にあるようだ。車いすでも入れるのかな?探偵物語ファンとしては気になる。

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